「これよりお客様の視界を遮る漕ぎ方をさせてもらいます。」

 「はいっ! お願いします!」

 「・・・行きます!」




 そのウンディーネさんの細い腕がオールを力強く手繰る・・・

 オールは水面を切り裂き ゴンドラに新たな力を宿らせる・・・

 時を遡るかのように ゴンドラは水面を翔る・・・



 これが、噂の《逆漕ぎクイーン》の力・・・

 私は 時間の彼方に置き去りにされていくようだった・・・


 『摩訶不思議』って、こういう感覚・・・・・・?





 〜『ARIA』外伝02〜
 その 遡る時間の中で・・・







 「ネオ・ヴェネツィア?」

 「うん。とっても素敵な場所だって、いとこのアイちゃんが言ったたの。」



 修学旅行の行き先を決めるとき・・・

 アカネが強力にプッシュしていたネオ・ヴェネツィア・・・

 私は どんなところか よく知らなかった・・・







 私、朝倉亜沙里 14歳。

 ミドルスクールの修学旅行、行き先は選択制だった。

 外国に疎い私は、別にどこへ行くかなんて決めていなかった・・・



 そんなところへクラスメイトのアカネがやってきた。

 立体ホログラム投影機つきのケータイを掲げながら・・・



 アカネが言うには、このネオ・ヴェネツィアという場所は町中がテーマパークみたいなとこらしい。

 かつて、このマンホームが《地球》と呼ばれていたころ実在した水上都市ヴェネツィア・・・

 それが テラフォーミングで水の惑星に姿を変えた火星《アクア》に再現された・・・

 知識としては知っていた。

 世界史でも取り上げられた。

 でも、それ以上は知りえない 遠い場所であった・・・

 その頃の 私にとっては・・・




 「・・・でね、アイちゃんが会ったウンディーネが、すっごい素敵なんだってさ。」

 「へぇ〜・・・」



 アカネが熱っぽく語りかけてくる。

 アカネのいとこ・アイちゃんが出会ったというウンディーネさんに少し興味が出てきた。

 でも・・・


 「ウンディーネって、何人くらいいるのかな?」

 「んとねぇ・・・ちょっとこの資料古いな・・・ これだと300人くらいってなってるよ。」

 「じゃあ、その《素敵なウンディーネ》に会えるかどうかも判らないね。」

 「う〜ん・・・でも、会えないとも限らないよ?」



 明らかに慰めの色を感じるセリフだった。

 でも・・・

 ほかに行きたい場所があるわけでもない。

 それに、ほかのウンディーネにだって、感動できる人がいるかも知れない。

 ならば・・・


 「うん! じゃ、そこにしようか。」

 「じゃ、決定っ!!」




 そのときはまだ知る由もなかった・・・

 まさか、気軽に決めたことで 私の将来への舵が大きく切られていったことを・・・






 宇宙港から飛び立つ星間連絡艇・・・

 直前になると結構自分的には盛り上がってくるわけで・・・

 つまりは・・・興奮して眠れない夜というものがあって・・・

 船上の私は、宇宙の海というよりは眠りの世界を漂っていた・・・

 まあ、アカネも眠りこけてたみたいだけど・・・





 「・・・・・・・・・・うう・・・ん・・・・・・」


 覚めかけた私の目に飛び込んできた景色・・・

 それは私の見知ったものではなかった。



 すごい・・・

 なんて青い星なんだろう・・・

 マンホームも青い星だった。

 でも、それを上回る深みのある青・・・

 海など水面が地表に占める割合が、マンホームより大きい・・・

 知識としては知っていた。

 でも、それがここまで感じられるとは思っていなかった・・・



 青い 奇跡の星にしばし釘付けになった私・・・

 まだ眠っているアカネに声をかけることすら忘れてしまって・・・



 「んもぉ、何で起こしてくれなかったのさぁ!」

 「ごめえ〜ん! あんまり綺麗だったから・・・」

 「だ〜か〜ら〜、そんな景色、あたしも見たかったのにぃ!」


 明らかに不機嫌なアカネ。

 こうなってしまうと、なかなか曲がったヘソは元には戻らない。

 奥の手を使うしかないだろう。








 宇宙港を出ると、さきほど船窓から望んだ景色がいっぱいに広がる。

 水路が・・・ 古い建物が・・・ 行きかう舟が・・・

 何もかもが目新しい。



 引率の先生に導かれながら一通りの観光をする。

 まだ不機嫌なアカネと一緒に・・・




 『こいうときは・・・やっぱり食べ物で機嫌を直してもらうのが一番だよね。』



 あたりをキョロキョロと見回す私・・・

 おいしそうな屋台はないかなぁ・・・

 などと探しているといきなり・・・




 「あ!! じゃがバター!!」

 「えっ!?」

 「亜沙里!いくわよ!!」



 どうやら先に見つけたらしい。

 私の腕をぐいぐい引っ張って駆け出すアカネ・・・

 舌なめずりまでしてるし・・・



 「アイちゃんが言ってたんだ。じゃがバターは絶品だって。」

 「そうなんだ。じゃあ、おじさ〜ん、じゃがバター2つ!」

 「あいよ〜!!」



 おじさんに手渡された二つのじゃがバター・・・

 ホカホカと湯気が立ち上ってた。

 ジャガイモが丸ごとで、マンホームで見かけたものとはずいぶん違っていた。



 「んじゃあ、いっただきま〜す!!」



 私の手からひったくるようにじゃがバターを取り上げるアカネ・・・

 はふはふと食べ始める。



 「あちち・・・でも、うんま〜い☆」



 たちまち上機嫌になるアカネ。

 まぁ、私のおごりっていう事になるんだろうけど・・・

 じゃがバター一個で機嫌が直るなら安いものかも・・・



 私も自分の分を食べてみる。

 確かに美味しい・・・・・・・

 ・・・・・・でも・・・・・・

 これってホントに絶品?

 思っていたほどの感動を感じないまま、それでも完食は果たした私。

 満面の笑みを浮かべたアカネとは対照的かも・・・




 食後の休憩をした後・・・



 「ネオ・ヴェネツィア来てゴンドラ乗らぬはモグリよ! 行くわよっ!」

 「あ、待ってぇ!」



 またしてもアカネの行動力に強制的に引っ張られる私・・・

 ゴンドラ乗り場へと向かった。



 いろんなゴンドラがあるものだ・・・

 赤、オレンジ、青、緑、ピンク・・・

 白ベースの船体にそれぞれのカラフルな紋章を描かれたゴンドラが行きかう。

 最後尾に立ちオールを振るうウンディーネさん・・・

 やはり白いセーラー服みたいな衣装・・・

 ゴンドラとコーディネートされたワンポイントが入ってとってもおしゃれな感じ。



 「素敵だよね・・・」

 「うん・・・」



 しばし見とれていた私たちだったが、乗らなければ意味はあるまい。



 「・・・その、アイちゃんお勧めのウンディーネさん、いるかなぁ・・・」

 「う〜ん・・・それっぽい人はいないかな・・・」



 事前に聞いていたそのウンディーネの特徴・・・

 サイドに垂らした2条の長い髪・・・(もみ上げという噂も?)

 青を基調としたワンポイントをあしらったユニホーム・・・

 思わず引き込まれる素敵な笑顔・・・

 そして、肩と帽子に輝く『アリア・カンパニー』のロゴマーク・・・

 そのいずれに該当するものも見当たらない。



 「ん〜・・・残念だけど、ほかのウンディーネさんにしよっか・・・」

 「・・・そだね・・・仕方ないね・・・」




 私たちは ちょうど目に付いたウンディーネさんに声をかけた。



 「すいませ〜ん、観光案内お願いしま〜す。」

 「はい〜! 喜んで〜!」



 いかにも営業スマイルだとわかるような笑みを浮かべるウンディーネさん。

 ・・・まあ、相手も商売だし、こんなものなのかなあ・・・



 でも・・・

 なんだか・・・

 聞いていたのと違うような・・・




 「こんなもんなのかなあ・・・」

 「ん?何が?」



 アカネは充分満足してるみたい。

 確かに見るもの全てが目新しいし、ウンディーネさんのガイドも卒がない。

 快適って言えば快適だけど・・・

 私、贅沢なのかな?

 なんか物足りないなあ・・・



 絵葉書で見たような風景・・・

 ガイドブックの内容の範囲内でサプライズのない景色・・・

 確かに充分すぎる美しさだけど、心には響かなかった・・・



 アカネは大満足、私は不完全燃焼のまま、ゴンドラを降りる。

 まあ、料金に見合ったサービスは受けたし、これでいいことにするか・・・




 今日の自由行動はこれで終わり・・・

 明日は夕方までほぼ一日、自由行動だ。

 明日こそ、何か素敵なこと、起こらないかなあ・・・

 でも・・・期待が大きすぎても落胆は比例して大きくなるよね・・・

 そんなことを考えながら、私は眠りについた・・・

 旅の疲れで 妙に熟睡できたみたい・・・・・・







 次の朝・・・

 いや、まだ外はさほど明るくはない。

 やや早く目が覚めてしまったようだ。

 アカネもまだ寝ている。

 でも、2度寝をするのももったいないだろう。

 せっかくのネオ・ヴェネツィア、まだ堪能できていないわけだし・・・



 幸い、朝のバイキング形式は早立ちの客のために早朝から食べられる。

 食事をとる時間も別に決められているわけではない。

 修学旅行とはいっても、自由すぎるぐらい自由でゆるゆるなのだ。





 ホテルのバイキングなんてたいしたことないだろう・・・

 そう思いながら適当にスクランブルエッグやトースト、スープなどを皿に取る。

 窓際に席を取り、朝日を見ながら食べ始める。

 おいしい!!

 意外にと言えば失礼だろうが、想定外の美味しさだ。

 朝のすがすがしい大気と真っ赤な朝日のスパイスが料理を彩っているのかも知れない。

 かなり得をした気分だ。

 マンホームでは味わいにくいかも知れないように思えた。




 せっかくいい気分になったので、そのまま外へと出てみた。

 朝早いネオ・ヴェネツィアの街・・・

 動き出す人々の暮らし・・・

 なんだかいいな、と思えてきた。



 ネオ・アドリア海にたどり着くと、小さな2階建ての建物を発見。

 ・・・いや、よく見ると、屋根の中にも大きなまあるい窓がある。

 屋根裏部屋も景色が満喫できそうな感じだ。

 その建物は海に浮かぶかのように佇み、白いゴンドラが2隻繋がれている。

 一隻は大切に使い込まれている感じ。

 もう一隻は、まだ出来立てのような真新しさ。

 朝日の中 2隻仲良くプカプカ浮かんでいた。



 『昨日見たゴンドラより ずっと素敵に見える・・・』



 シチュエーションの違いって言えばそれまで。

 でも、そんな言葉で片付けたくないほど、ゴンドラに対しての印象が変わりそう。



 「あ、おはようございます。 ・・・朝、早いですね。」

 「!?」



 いきなり後ろから声がかかる。

 振り向くとそこには、若いウンディーネさんの姿があった。

 素晴らしく晴れやかな笑みを浮かべて・・・


 

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