その 笑顔を再び・・・






 「じゃあ、次は灯里ちゃんね。」

 「はひっ! 水無灯里、行きます!!」



 アテナに指名された灯里。

 緊張で背筋がピンと伸びている。

 その手は指先まで伸びきり まるでマンホームに生息しているペンギンのようである。






 る〜らら〜〜 る〜ら〜らるらる〜らら〜〜〜〜〜〜♪




 灯里は謳う・・・

 懸命に・・・



 真剣に聞き入るアリス。

 まだまだね、といった表情の藍華。

 アリシアはいつもの穏やかな笑顔。

 晃は・・・いつもの厳しさを滲ませた表情・・・


 晃 アテナ アリシア・・・

 水の3大妖精と呼ばれるトップ・ウンディーネたち・・・

 勢ぞろいすることだけでも珍しいのだが、今日は灯里たちの合同練習を見てあげているのだ。

 大先輩に直接の指導を受けられる幸運・・・

 灯里たち後輩3人も自然と気合が入る。




 「ふぅ・・・ どうですか?アテナさん。」

 「ん、そうね・・・・・・」



 しばし考え込むアテナ。

 どう評されるかが気になって仕方ない灯里・・・

 そのとき ネオ・アドリア海の時間が止まった・・・



 「悪くはないけど・・・灯里ちゃんらしくないかもしれないね・・・」

 「・・・えっ?」



 一所懸命謳った・・・

 今の自分の実力では精一杯な謳い方だった・・・

 それなのに・・・



 「そうね・・・いつもの灯里ちゃんらしさが出せればもっと素敵になるわ。」

 「まあ、少なくとも『バルカローレ』は灯里ちゃんには難しいみたいだな。」

 「そうですか・・・はひぃ〜〜〜・・・・・・」



 アリシアと晃の批評が追い討ちをかけた。

 肩ががたりと落ちる灯里・・・

 心配そうな表情のアリス。



 「さすが、アリシアさんはいい事を言うわね。」



 その藍華の一言で完全に止めを刺された灯里を気遣うアリス。

 灯里に寄り添うように腰をかける。



 「灯里先輩・・・私はでっかい素晴らしい謳だと思いました。」

 「アリスちゃん・・・ありがとう・・・・・・」

 「すわっ!!」




 晃の一声!

 瞬間、後輩3人組はびくりと身をすくめる。



 「アリスちゃん・・・何でも誉めりゃ良いとは言えないぞ。それにっ!」



 びしぃ!!とアリスを鋭く指差す晃。

 アリスの背筋は完全にまっすぐになり、灯里と同じくらいの背丈になったように見えた。



 「自信がないから、灯里ちゃんを通して自分を誉めてるんじゃないのか?!」

 「!?」



 アリスは思い当たった。




 大きな声を出すことが大の苦手な彼女・・・

 アテナのように朗々たる歌声を出すことなどまだ先の話・・・

 囁くように謳う事しかできない・・・

 それが今の彼女・・・





 一緒に練習する二人の先輩・・・


 藍華はよく通る声で謳い上げている。

 まだ硬さが残り 多少がさつさもあるが、かなりの実力だ。



 一方の灯里は・・・

 藍華に比べれば声量が低く感じられる。

 のんびりした性格が仇となっているのだろうか・・・

 それでもアリスに比べれば遥かに良く声は出ている。

 だから、アリスとしては今の灯里が当面の目標だった。

 それが今 全否定されてしまったように思えた。



 灯里に続いて落ち込むアリス。

 一人胸を張る藍華。



 「藍華・・・お前も人のことは言えないんだからな?」

 「なっ!!」



 晃にたしなめられ、びくっとする藍華。



 「確かに声は出ているが・・・あとは自分で考えるんだな。」

 「ええっ!? な、何ですか晃さんっ! 」

 「ん、自分で考えるともっと良くなるかも知れないわね。」

 「アテナさんまで・・・」



 一気に状況が変ってしまったような気分の藍華。

 今度は彼女が落ち込む。

 3人の後輩組が仲良く落ち込んでいる。



 「あらあらあらあら・・・」



 そこにはアリシアの声だけが響いていた。

 明るいその声は、周りのむなしさを一層引き立てていた・・・










 「う〜ん・・・ やっぱり難しいね、カンツォーネ・・・」

 「でっかい難題です。」

 「ん〜・・・自分で考えろって言っても・・・」



 ARIAカンパニーのリビング。

 合同練習が終わるとよく3人はここに集う。

 いつもなら明るく語らう場・・・

 だが、今日は3人とも考え込んでいる。




 「はい、特製の生クリームのせココア、入ったわよ。」

 「あ、アリシアさん ありがとうございます。」

 「でっかいありがとうございます。」



 特製ココアの差し入れ。

 いつもならもっと色めきたつ藍華も今日は妙におとなしい。

 アリスも真剣な表情を浮かべている。

 そして灯里は・・・



 「はい、灯里ちゃん、ココア。」

 「は、はひっ!? アリシアさん、ありがとうございます。」

 「灯里先輩・・・でっかいボーっとしていましたね。」



 ふぅっと 小さく息を漏らすアリシア・・・




 「うふふ・・・ワンポイント・アドバイス しちゃおっかな?」

 「!!」



 糸口をつかめずもがいていた3人に 一筋の光が差したように思えた。

 アリシアに ずずいと迫る。

 この上なく真剣な目で・・・



 「あらあらあらあら・・・」



 優しさにあふれる笑みを浮かべるアリシア・・・

 そっと後輩たちに語り始める。



 「前に、アテナちゃんが言ってたことを覚えてるかしら?アリスちゃん。」

 「謳は・・・聞いてもらうものだから・・・というのですか?」

 「うん。それがわかれば3人とも、どうすればわかると思うの。」




 以前、アリスがアテナに訊いた・・・

 なぜ先輩は歌うのかと・・・

 アテナは答えた・・・

 理由なんてない。謳は誰かに聞いてもらうものだから謳うだけだと・・・




 「そっか・・・うまく謳おう謳おうと思うからかえってうまく謳えないのかも・・・」

 「・・・かもね。聞いてもらう人のこと、忘れちゃってたかも知れないわ。」

 「ですね。でっかい忘れてました。」



 それは実に単純なこと・・・

 でも、どこかに置き去りにされやすいこと・・・

 あまりに当たり前すぎるから・・・



 「アリシアさん!ありがとうございます!!」

 「あらあら・・・うふふ・・・・」



 後輩3人の元気な声が重なり合った。

 アリシアも嬉しそう。



 「あとひとつ。謳って、上手な人の真似をするだけが上達する道じゃないと思うの。」


 「じゃあ、アテナさんの真似をするんじゃなくて・・・」

 「はひ! 私だけの謳を・・・」

 「でっかい見つけるでありますっ!」



 こうして後輩トリオは、自分だけの謳を見つけることを目指した・・・






 数日後・・・





 「ねえ、あんたたちは何か掴んだ?」

 「もしかして、謳の話ですか?」

 「あ、藍華ちゃん、アリスちゃん。私なりにひとつ詩を書いてみたんだけど・・・」



 灯里はバッグからパソコンを取り出した。

 テキストエディタを立ち上げ、ファイルを開くと文字がディスプレイ上に浮かび上がる。



 「どれどれ・・・・『Smile Again』?」

 「・・・灯里先輩、これは・・・」

 「んとね、こないだのレデントーレでお世話になった人への感謝とか、去り行く夏への・・・」

 「恥ずかしい歌詞禁止っ!!」

 「ふえーーーーーーっ!?」



 灯里の説明が終わる前に、藍華がお得意の突っ込みを入れる。



 「ちょっとは自信あったんだけどなー・・・」

 「灯里先輩、私は悪くないと思いました。むしろでっかい素敵です。」

 「ありがとー! アリスちゃん〜。」



 アリスに抱きつく灯里。

 灯里の背中を『よしよし』するアリス。

 これではどっちがお姉さんだかわからない。



 「だいたいねぇ、これのどこがカンツォーネなのよ。」

 「・・・では、藍華先輩は歌詞出来たんですか?」

 「うっ・・・まだだけど・・・」

 「私は もうすぐ書けそうです。」

 「なっ!? こ、後輩ちゃんこそ『でっかい』ばっかり繰り返す歌詞書いてるんじゃないの?」

 「で、でっかいお世話です!」


 図星であった。。

 それこそ『でっかいでっかいでっかいでっかい』と繰り返されるような歌詞・・・

 それでもアリスは一所懸命に考えていたのだが、藍華に否定されむきになる。





 藍華とアリスの論争を尻目にディスプレーをじっと見つめる灯里・・・




 「いいと思ったんだけどなぁ・・・・・・・」

 「うん、いいんじゃないかしら? うふふ・・・」

 「はひっ!?」



 突然の背後からの声に飛び上がる灯里。

 もし、重力を制御しているノームがいなければ、アクアから飛び立っていたかもしれない。

 それくらいの驚きようであった。



 「アリシアさん、いつの間に?」

 「あら、結構前からいたわよ。」




 せっかくのアリシアなのに、まだ気づいていない藍華。

 アリスとにらみ合っている。

 晃がいれば、「ファン失格だな」と言われそうである。



 「灯里ちゃんが一番謳いたい事を詩にしたのね。・・・素敵よ。」

 「アリシアさん・・・ありがとうございます!」



 灯里にとって特別尊敬に値するアリシア・・・

 彼女に認めてもらい 灯里は天にも昇る気分になる。

 もし重力を制御・・・(以下略)





 「じゃあ、この謳、もう少しちゃんと形にしとこうかな?」











 それから更に何日か過ぎ去った。

 今日は灯里にとって待ちに待った接客が出来る日だった。



 元来、原則的には一人前(プリマ)のウンディーネ以外には接客は許されない。

 半人前の片手袋(シングル)である灯里もまた然り。

 だが、この規定には特例が設けられている。

 プリマウンディーネの指導者のもとでの営業航行は認められるのだ。

 あくまでも実地訓練的なニュアンスではあるが・・・


 その際、練習用黒ゴンドラを使用して半人前の舟であることを明示する。

 また、一般に接客・航行レベルが未熟なため、料金も格安に設定されている。

 それでも、利用するお客さんは稀ではあるが・・・
 


 ゴンドラ乗り場でお客さんを待つ灯里と指導者役のアリシア。

 ARIAカンパニーは設立以来の少人数主義。

 プリマのアリシアとシングルの灯里・・・

 たった二人きりの小さな水先案内店だ。



 「ぷぷいにゅにゅい! ぷぷいにゅにゅ!!」



 あ、アリア社長・・・あなたもいましたね(笑)

 っていうか・・・ナレーターに話しかけないで下さい・・・



 ウンディーネ二人と猫社長・・・

 これがARIAカンパニーの全メンバーだ。



 しかも、たった一人のプリマであるアリシアは、特別な存在・・・

 水先案内業界の宝《水の3大妖精》の一人である彼女は人気もトップクラスだ。

 営業活動をほとんど行っていないにもかかわらず、予約には順番待ちがたびたび生じる。

 そんな多忙の彼女がフリーな時間・・・

 ある意味奇跡とも思えるそんな時間だけが 灯里に与えられた営業のチャンスなのだ。





 「やっぱり・・・お客様 来ませんねぇ・・・」

 「ぷいにゅぃ」

 「・・・もう少し待ってみましょ。」



 夏の盛りも終わり、吹く風が熱を持たなくなりつつある今日この頃・・・

 夏と秋の観光シーズンの狭間で観光客も減少傾向にある。

 もっとも、そんな時期でなければ灯里の《チャンス》はなかなか訪れないのだが・・・




 「・・・このゴンドラ、乗れますか?」



 突然灯里に一人の若者が声をかけてきた。

 あわててびしっと体勢を立て直す灯里。

 アリシアはいつもの《あらあらスマイル》で灯里を見ている。




 「はひっ!? はい! 半人前ですが指導者がいますので、お客様をお乗せ出来ます!」

 「・・・・・・じゃあ、お願いします。」

 「はひ!よろこんでっ!!」



 灯里の清清しくまばゆい笑顔・・・

 ネオ・ヴェネツィアに降り注ぐ太陽のようであった。

 




 灯里が漕ぎ位置、そのすぐ前に指導者のアリシア。

 アリア社長はその隣。

 そして、お客さんがその前に・・・



 「では、出発します!」

 「にゅ!!」

 「お願いします・・・」




 灯里の晴れ舞台がいま開かれた・・・

 お客さんが妙に暗いのが気になるが・・・・・・



 「ARIAカンパニーのゴンドラをご利用いただき有難うございます!

  私、案内役のARIAカンパニー 水無灯里です! よろしくお願いします!!」


 「私は灯里ちゃんの指導役の ARIAカンパニー アリシア=フローレンスです。

  よろしくお願いいたしますね。」


 「・・・・・・こちらこそよろしくお願いします・・・」
 



 灯里がゆっくりと慎重に漕ぎ出す。

 緊張すると極端に遅くなる癖はもうほぼ克服されていた。

 むしろ、漕ぎ出しのときゴンドラを揺らさないように気を使っていた。

 この辺は、アリシア直伝のテクニックである。





 「えー、右に見えますのが、サンマルコ寺院です!」

 「・・・はぁ・・・」

 「左に見えますのが、今やウンディーネ業界のトップ!オレンジぷらねっとのでっかい社屋です!」

 「・・・はぁ・・・」



 灯里が明るく観光案内をする。

 持ち前の明るさを笑顔に乗せて・・・

 たどたどしさも多少は残っているが、逆に初々しさを感じさせ 好感度満点・・・のはずだ。

 なのに・・・

 その お客さんといったら・・・

 気のない相槌を打つのみで、せっかくの観光クルーズを楽しんでいるとは思えない。

 灯里がせっかく紹介しているポイントを一瞥すらせず、ただ俯いていた。

 灯里の表情に焦りが表れ 徐々に曇り始めていた。

 アリシアはそんな灯里を心配そうに見つめる。



 「あのぉ・・・お客様・・・?」

 「・・・はい・・・」


 灯里がおずおずとお客さんに声をかける。

 それに対しても暗〜い生返事・・・


 「私の案内、お気に召しませんでしたか?」

 「・・・いえ・・・そんなんじゃないんです・・・・・・」



 少し顔を上げたお客さん・・・

 そこにいたのは、心配顔のウンディーネ・・・

 先ほどまであれほど輝いていた彼女の笑顔・・・

 その笑顔を曇らせてしまったのは自分・・・



 「すみません・・・ご心配させてしまったようですね・・・」

 「あ、いえ、いいんです。」



 お客さんに謝られて、焦りまくる灯里。

 でも、自分のせいではないとしたら、お客さんの心の雲の原因はなんだろう?

 出来ればそれを取り去ってあげたい・・・

 せっかくのネオ・ヴェネツィアなんだから、精一杯楽しんで帰れるようにしてあげたい。

 でも、どうすればいいんだろう・・・・・・



 「あの・・・出過ぎた真似かも知れませんけど、お客様のお悩み、聞かせて頂いても良いですか?」



 ひどく心配顔の灯里・・・ 

 このウンディーネは仕事で話しかけているのではない。

 心から心配して親身に話しかけてくれてるんだ。

 乗客だとはいえ、赤の他人に対してここまで親身になっているなんて・・・

 そう感じ取ったお客さんの心は 少しずつ開かれていった・・・



 「あ、はい。・・・実は・・・・・・」



 お客さんはそっと語り始めた。



 「一緒にネオ・ヴェネツィアに来ようって約束していたんです・・・それなのに・・・」



 フィアンセと致命的な大喧嘩をしてしまったお客さん・・・

 約束の婚前旅行は傷心旅行になってしまったというのだ・・・



 「で、ゴンドラに乗れば少しは楽になれるかと思ったのですが・・・すいません。」

 「いえ、いいんです。・・・でも・・・お客様、もったいないです。」

 「『もったいない』・・・ですか?」



 思っても見なかった灯里の言葉に思わず聞き返すお客さん。

 灯里の顔はまた輝きを取り戻していた。



 「確かに、生きてると辛い事っていっぱいあります。でも・・・

  素敵な事をいっぱい感じていれば、その瞬間は辛い事を忘れられるはずです。」



 「・・・でも、ずっと忘れることは出来ないですよね?」



 「はい。確かに簡単には忘れられないでしょう。でも・・・次々に《素敵》を感じていれば、

  その 忘れている時間がずっと続くんです! そして、だんだん隅っこに行っちゃいますよ、

  辛いことなんて! でっかい保障しちゃいます!」


 「でっかい・・・ですか?」


 「あ、これはウンディーネでお友達のアリスちゃんの口癖なんですけど、大きいという他に

  すごくとか素晴らしくとかいろんな意味を持つ素敵な言葉なんですよ。」


 「灯里先輩、『でっかい』の説明、でっかいありがとうです。」

 「ふえっ!? アリスちゃんっ!?」



 なんという偶然!?

 灯里がアリスの名を出したちょうどその時、本人の漕ぐゴンドラがすれ違ったのだ。

 今日はオレンジぷらねっとの同輩と練習していたらしい。

 照れながらもまばゆい笑顔を浮かべたアリスは、深々と礼をして漕ぎ去っていった・・・





 「うふふ・・・灯里ちゃん、アリスちゃんもいい笑顔できるようになったわね。」


 「はい! やっぱり笑顔って、ずっと笑顔でいないと忘れちゃうんですよね。

  でも、ずっと笑顔でいるようにしていればどんどんでっかい笑顔になるんです!

  これって、素敵だと思いませんか!?」


 「でっかい・・・笑顔ですか?」

 「はいっ!! でっかい笑顔、です!!」


 たしかにこの灯里というウンディーネも、指導者の先輩も・・・

 先ほどのアリスも・・・ みな眩しい笑顔をしている。




 さらにアリシアが補足する。



 「・・・アリスちゃんはほんの少し前までは笑顔が大の苦手でした。」

 「え? 全然そうは見えないけど・・・」

 「灯里ちゃんたちと一緒に練習して、いつも一緒に笑って・・・苦手、克服しちゃったんです。」

 「そんな・・・簡単にですか?」



 苦手を克服するなんてかなり大変なことだと思っていた。

 それが、一緒に笑ってるだけであそこまで眩しく笑えるようになるなんて・・・



 「お客様・・・私思うんです。 人間って、笑うために生きてるんじゃないかって・・・」

 「笑うために生きる・・・」



 目を輝かせる灯里。

 確かに彼女を見ていれば、その考え方に共感できる。

 

 「はい! ・・・ですから、お客様にも・・・笑っていただきたいんです。」


 そして・・・

 アリシアに目で合図を送る灯里。

 「わかったわ」とウインクを返すアリシア・・・

 アリア社長も「ぷいにゅ!」と一声。



 「お客様・・・これからお客様のために灯里ちゃんが謳ってくれます。聴いてあげてね!」

 「え、あ、はい!」




 お客さんとアリシア、アリア社長。

 みんなにじっと見られてちょっと赤くなる灯里・・・



 「えっと・・・では、謳わせてもらいます!」



 すぅっと息をいっぱいに吸い込む灯里・・・

 そっと謳い始める。

 あの謳を・・・



 去り行く夏へ別れを告げる・・・

 出会った人への再会を約束する・・・

 感謝の気持ちを込めながら・・・

 夜空を焦がす花火とともに・・・

 それはどこか懐かしさを覚えさせる。



 聴く者の心を優しく包み込みながら・・・

 やわらかな謳声は ネオ・アドリア海へと静かに染み入る・・・

 懐かしさと切なさを秘めた謳声は癒しの世界へといざなっていく・・・



 アテナとはまた違う謳の力・・・

 周囲の空気が一変した・・・




 灯里はフルコーラス謳い終わった。

 しばしの静寂が訪れた。



 「えっと・・・・・・どう・・・でしたか?」



 ぱちぱちぱちぱち・・・・・・



 巻き起こる拍手!!

 お客さん、アリシア、アリア社長・・・

 気がつくと、周囲にゴンドラの輪が出来上がっていた。

 練習中のオレンジぷらねっとのウンディーネたちも思わず聞き入っていたのだ。

 その中の一双から灯里に声がかけられた。




 「灯里ちゃん、素晴らしいわ。」

 「え!? アテナさんっ!?」



 謳では右に出るものはいないと言われる ウンディーネ界随一の歌姫アテナ・・・

 彼女に誉められるとは思っていなかった灯里は真っ赤に染まる。

 周りのゴンドラからも拍手があがる。



 「でっかい素晴らしかったです。私も負けられません。」

 「アリスちゃんまで・・・」



 どうやら、オレンジぷらねっとの練習は謳についてだったようだ。

 アテナは教官としてアリスやその同輩を教えていた。

 傍をたまたますれ違っていった灯里のゴンドラから謳声が聞こえてきたというわけだ。




 「謳はね・・・心を乗せて謳うものなの。伝えたい心を・・・」

 「心を・・・乗せて・・・」



 お客さんにもう一度笑顔を取り戻して欲しくて・・・

 ただそれだけのために心を込めて謳った謳声・・・

 それはしっかりとお客さんの胸に響いた。



 「なんだか、元気が沸いてきました。もう一度笑顔で生きてみたいと思います。」

 「本当ですか?! わーい、良かったですぅ。」

 「あらあら・・・うふふ・・・」

 「ぷいにゅ!」



 先ほどまであれほど暗かったゴンドラの雰囲気・・・

 それが、まるで別のゴンドラのように明るくなった。

 灯里の謳が生み出した奇跡・・・

 それが 更なる奇跡をも呼んだ。



 「アスラン! やっぱりアスランね!」

 「え!?」



 いきなり声をかけられ振り向くお客さん。

 するとそこには、練習用ではない白いゴンドラが輪に加わっていた。

 若い女性客・・・

 それは彼にとって 良く見知った女性であった・・・



 「アーヤ!? 何故、キミがここに・・・」

 「アスラン、私・・・貴方に謝らなくちゃいけないわ・・・」



 いきなりの再会・・・

 驚きを隠そうとしない《灯里のお客さん》アスラン・・・

 涙で潤む女性客・アーヤ・・・

 二人はじっと見詰め合う。




 「ほへっ? アリシアさん・・・もしかして・・・」

 「うん、きっとさっき言ってた フィアンセさんね。」



 アーヤが乗ったゴンドラが灯里のゴンドラにそっと寄せられる。

 ピタリとくっついたその瞬間・・・

 待ちかねてたアーヤが灯里のゴンドラへ乗り移ってくる。



 「アスラン・・・ごめんなさい・・・私・・・あんなひどい事言っちゃって・・・・・・」

 「アーヤ・・・・・・いいんだ。だって・・・ここまで追っかけて来てくれたんだろ?」

 「アスラン・・・」



 結局、喧嘩別れの後一人で傷心旅行へと出かけたアスランを追い、アクアへ来ていたアーヤ。

 彼の手がかりなどなかった。

 ただ闇雲に、必死に探し回っていた。

 何度も諦めようと思い、それでも諦めきれずに・・・



 「で、どこへ行ったもんかって思ってたら灯里ちゃんの歌が聞こえてね。」

 「あらあら、晃ちゃん。」

 「ほへっ?!」

 「ぷいにゅっ!」



 なんと、アーヤを乗せていたのは晃だった。

 その横には少し恥ずかしげな藍華が助手として付き添っていた。



 「あの謳を聴いたとき、感じたんだ。これは誰かに笑ってもらいたくて謳ってるって。

  そこで直感した。傷心旅行かなんかで落ち込んだお客様でも乗ってるんじゃないかってな。」


 「灯里・・・悔しいけど・・・恥ずかしい謳だけど・・・すごかったよ。

  あんたの心、確かに伝わってきたんだもん。今日は私の負けかな、なんてね。」


 「藍華ちゃん・・・」



 灯里の謳の『力』を見せ付けられ、素直に負けを認めた藍華・・・



 「灯里ちゃん、やっと自分の謳のスタイル、見つけたね。

  藍華もわかっただろ? 謳は声でも技術でもないんだ。ここで謳うんだ。」



 晃は左胸を指差した・・・

 彼女にしては恥ずかしいセリフかもしれなかった。

 言ったあとで少し赤面する晃が妙に可愛らしい。

 藍華も突っ込みたそうではあったが、空気を読んで『禁止』を『禁止』していた。




 アスランとアーヤはもうすっかり元の鞘に戻っていた。

 もはやウンディーネ達の姿は彼らの目には映っていなかった。

 互いの姿だけが焼き付けられていた。



 「うー・・・何だか見てる私たちも照れちゃうわね。」

 「うん・・・なんだか藍華ちゃんとアル君みたい・・・」

 「なっ!? 恥ずかしいセリフ禁止!!禁止!!禁止ぃ〜〜〜〜〜〜!!!」

 「何むきになってるんだ?藍華。」

 「あらあらあら・・・」

 「ぷいにゅ。」








 そして次の日・・・

 アリア・カンパニーの白いゴンドラに男女のカップルが乗っていた。

 急ごしらえのウエディングヴェールを纏うアーヤ・・・

 とっさに現地調達したスーツに身を包むアスラン・・・

 即席のウエディング・・・

 それでも、彼らにとって最高の門出の日であった。



 ゴンドラを漕ぐアリシア・・・

 助手の灯里・・・

 二人ともやはり即席の衣装を纏っていた。

 若きカップルの門出を祝うために・・・

 灯里の足元にはアリア社長が眠っていた。

 無理もなかった。

 今回の影の功労者は社長だったのだから。

 ミシンを駆使して夜なべして、これだけの衣装を作ったのだから・・・


 「アリア社長、お疲れ様でした。」

 「あらあら・・・」



 何しろあまりに急な挙式だった。 

 教会の予約も何もする暇はなかった。

 だから、愛の誓いはARIAカンパニーで行われた。

 小さな、家庭的なこの会社にしか出来ない ちょっと変ったおもてなし・・・

 グランドマザーの目指した少人数経営は こんな粋な形で実を結んでいた。



 「・・・確かに姫屋では難しいな・・・」

 「そうね。オレンジぷらねっとでもちょっと無理かも・・・」


 晃とアテナは少し羨ましく思った。

 機転で小回りを効かせられるこの小さな《家庭》を・・・




 「灯里先輩の晴れ舞台、でっかい羨ましいです。」



 「あ、そっか。後輩ちゃんはまだペアだから、こーゆー仕事、出来ないんだっけ。

  私は前に一回やったもんね。」


 「でっかいお世話です。藍華先輩とアルさんの結婚式までにはプリマになりますから!」

 「んなっ!? 恥ずかしいセリフ禁止ぃ〜〜!!」



 参列者はウンディーネ4人と猫2匹・・・

 全部で8人だけの小さな小さな結婚式・・・

 でも、もしかすると・・・

 宇宙で一番『でっかい』結婚式かも知れない・・・




 最後に若い二人は灯里に約束をした。



 「今度は3人で、一人前の灯里さんのゴンドラに乗りに来ます!」

 「はひっ!! 是非とも!!」

 「あらあらあら・・・うふふ・・・」






 ここは惑星アクア・・・

 でっかい奇跡が起こる 《素敵の宝石箱》・・・





〜〜〜〜〜〜 E N D 〜〜〜〜〜〜

 <<<あとがき>>>(いいわけ とも言う)

 今回の作品は、単純にボーカルコレクションのSmileAgainという曲に惚れたことから書きました。
 もともとはそれだけだったのです。
 灯里ちゃんのカンツォーネとして、この曲が謳われたというストーリー・・・
 ずっとシンプルだったはずなのですが・・・
 どうやって謳わせるか>>お客さんに聞かせる>>曲のタイトルからして、笑顔を失ったお客さん
 ・・・といったように芋づる式に話がつながって、結局思ったよりは大きなお話に・・・
 お客さんの名前が決まったのなんて、フィアンセのゴンドラに出会ったそのときですから(笑)
 フィアンセの名前も同時に決めました。
 でも、結婚式まで行うなんて・・・予想外です、ARIAカンパニー・・・
 もともと天野先生のキャラがしっかりしてるので、勝手に話が転がっていきます。
 でも、描きたいことは結構しっかり描けたので良しとします(マテ
 ちなみに、CDに収録されてる感じだとあの謳は、アイドル歌謡とかに近い感じもしますよね?
 歌唱指導で『渚のバルコニー』などと言ってたらしいですし・・・
 でも、本編中ではもう少しスローな感じで謳ってるイメージです。
 あの曲、スローで歌うとまた味わいが違うように思えるので・・・
 灯里ちゃん、それにしてもいい声してると思います。
 CDを何度も聴いてるうちに完全にとりこになりました。
 そんなわけでこの作品はここに存在しているわけです。(笑)
 


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