「で、結局そのあとどうしてたのよ?」

 「ん、ケット・シーがね、助けてくれたんだよ。」

 「またなの? 何で灯里ばっかりそんな不思議体験するのよ。」

 「でっかい 不思議体験発生地点ですね、灯里先輩。」

 「ええーーーっ?」



 いつも・・・

 ケット・シーのようなよくわからない存在をも引き付けてしまう灯里・・・

 確かに不可思議な存在である。



 現実主義の藍華にとって、体験し得ないもの・・・

 それは 不可思議体験・・・

 そう思われていた。

 あの事件が起きるまでは・・・




その 忘れ得ない不思議な浪漫に・・・






 「すっかり遅くなっちゃったわね。もう真っ暗だわ。」

 「でっかい真っ暗です。これは・・・交差点ではちゃんと声を出していかなくては・・・」

 「そうだね、アリスちゃん。しっかりね!!」

 「はい。 それでは先輩方、失礼します。」

 「ん。じゃあ、後輩ちゃん、灯里、また明日ね!」

 「藍華ちゃん、アリスちゃん、 また明日ね〜!」






 その日は合同練習の後、3人はばらばらに自社へと戻った。

 灯里はARIAカンパニー。

 アリスはオレンジぷらねっと。

 そして藍華は姫屋へ・・・



 それぞれのゴンドラを決められた位置へと係留する。

 オールを所定の場所に片付ける。

 これでようやく その日一日の業務を終わらせることが出来る。



 「これでよし・・・」



 降りたゴンドラを金具に括り付ける藍華。

 最大手クラスの姫屋はゴンドラの数も多いので、係留場所も結構にぎやかだ。

 いつもなら同社の同輩半人前ウンディーネが何人かいる。

 しかし、今日は少し遅い時間・・・

 藍華のほかに人影は見られない。

 ただ整然と並んだゴンドラがあるだけだ。




 「妙に静かね。」



 オールを片付けようとした時、何やら物音が藍華の耳へと届いた。

 音の発生源を振りかえると、暗闇に何か光っている。



 「何?、あれ・・・」



 どう見ても同輩の姿ではない。

 何かの目のようにも見える。

 その不思議な光に目を奪われる藍華・・・


 しばらくして、その光が移動を始める。

 無意識に それを目で追う藍華。



 光は徐々に藍華のほうに近づいているように思えた。

 だんだん明るさと大きさを増し、地上からの高度も上昇して見えた。



 藍華は 自らの鼓動が全身を震わすのを感じていた。



 そして、その光が目前に迫ってきたとき・・・

 藍華の意識はすぅっと遠ざかっていった・・・








 「おい!藍華っ・・・大丈夫かっ!?」

 「あ・・・晃さん・・・・・・」

 「『晃さん』じゃない! しっかりしろ!藍華!」



 藍華が意識を取り戻したとき、彼女は上半身を晃に抱き上げられていた。

 かなり心配していたような表情の晃。

 めったに見られるものではなかった。



 「・・・私、どうしてたんですか?」

 「それは私が訊きたい! 何でこんな所で寝てたんだ、お前!」

 「え? そういえば・・・あの光は・・・・・・?」

 「光だと? そんな物はなかったぞ!」



 自ら起き上がり、周りを見回す藍華。

 だが、もう先ほどの光はどこにも見当たらなかった・・・


 そして・・・

 見当たらなかったものがもう一つあった。




 「すわっ!! 藍華!!お前のゴンドラはどうしたんだ!?」

 「え? そこにちゃんと繋いで・・・・・・・・・えっ?!」



 さっき藍華が繋いだはずのゴンドラは忽然と消えていた。

 他のゴンドラはそのままで、藍華のものだけが姿を消していた。



 「すわっ!! 藍華っ!! ゴンドラはお前の大事なパートナーだろ?

  私たちウンディーネにとっては単なる商売道具なんかじゃない。

  体の一部みたいなものじゃないのか!?」


 「わかってる。わかってるけど・・・・・・」




 自分の知らない間に消えてしまったゴンドラ・・・

 自分のせいではない。

 でも、晃のいう事ももっともだ。

 半べそ状態の藍華・・・



 「あのゴンドラはいわばお前の一部だ。代わりになるものなどないからな。」

 「じゃぁ・・・・・・」

 「ああ。あのゴンドラを見つけない限り、お前はウンディーネへの道を諦めるしかないぞ!」

 「やっぱり・・・」



 落ち込む藍華・・・

 目からぼろぼろと止め処なく零れ落ちる涙。

 晃はビクッとする。


 『少し言い過ぎたか!?』



 だが、彼女の性格上、『言いすぎたな。悪かった。』となど言えない。



 「ま、まあとりあえず探すときに出来る限りの協力はするからな。」

 「ありがとうございます。・・・ひっくひっく・・・くすん・・・」

 「すわっ!! 泣くなっ!! 泣いてもゴンドラは出てこないぞ!!」

 「はい・・・ひくっっくすんくすん・・・・」

 「すわっ!!だから泣くなって!!」



 二人はとりあえず、そのまま社屋へと戻った。



 「ゴンドラの件、会社には内緒にしておくからな。」

 「ありがとうございます!」


 当面、会社には知られる心配はないようだ。

 ホッと胸をなでおろす藍華・・・



 「ただ・・・そう何日も黙ってはおけないだろうな。」

 「はい。何としてでも探し出します!!」

 「頑張れよ。とりあえず明日の朝は私も手伝うから。」

 「はい!! 頑張ります!!」



 とりあえず早朝から探すこととして、早めに床に着いた二人であった・・・







 次の朝・・・





 「すわっ!?」

 「ぎゃ〜〜〜〜〜〜〜〜す!!!」



 奇声を上げる二人・・・

 その目の前には・・・

 昨夜消えてしまっていたはずのゴンドラが ぷかぷかと浮いていた。

 何事もなかったかのように・・・

 オールもセットで・・・


 「晃さん・・・これ・・・」

 「ああ。昨夜は確かになくなっていたはずだが・・・」

 「いつの間に・・・」

 「わからん。ゴンドラ泥棒なら普通は返してきたりはしないだろーしな・・・」



 うんうん唸りながら考えをめぐらす二人・・・

 だが、真相への扉は重く閉ざされている。



 「う〜〜ん、不思議事件の匂いがするのだあ!」

 「ぬなっ!?」

 「すわっ!?お前・・・確かシルフの綾小路とか宇土とか・・・」

 「フレンディーにウッディーと呼んでほしいのだ。」



 突然藍華たちの目の前に現れたウッディー。

 空を泳ぐ運送屋さんであるシルフを生業とする青年だった。

 灯里とは友人関係だが、藍華とは接点が少なかった。



 「ウッディーさん、灯里ならいないですよ。」

 「わかっているのだ。でも、不思議事件の匂いが私を引き付けるのだあ!」

 「不思議事件!?」

 「そうなのだ。藍華ちゃん、ゴンドラが消えた時の事を詳しく教えてほしいのだ。」



 昨夜のことを詳しくウッディーに話す藍華。

 彼女が倒れていたときのことを話す晃。



 「なるほど・・・その光が怪しいのだ。きっとそれが犯人なのだ。」

 「でも・・・そんな光がゴンドラなんて持っていきますか?普通・・・」

 「光の正体が・・・ポイントなのだな。」



 ウッディーのメガネがキラリンと光る。



 「藍華ちゃん、その光が目のように見えたのだな?」

 「はい。でも、そうだとしたらかなり大きいし・・・人間とは思えないような・・・」

 「いや、不思議事件だから、人間とは限らないのだ。」



 不思議事件・・・

 人間でない・・・


 なんとも不可思議な会話に頭を抱える晃・・・

 彼女には到底ついていけない展開であった。



 「なあ、藍華・・・ ゴンドラが戻ってきたんだし、これでいいんじゃないか?」

 「う〜ん・・・犯人の正体、気になるけど・・・結局被害ってないんですよねぇ・・・」

 「いや、だめだよ藍華ちゃんっ! 最後まで突き止めるのだ!」



 これで終わりにしてはなるものか・・・

 そんな決意がウッディーのメガネの奥でぐもももと燃え盛っている。

 思わずたじろぐ藍華と晃。

 晃までたじろがすとは、ウッディー恐るべし。



 「そうはいっても・・・目撃証言は藍華の分しかないだろ? そんなんで見つけられんのか?」


 「大丈夫なのだ! なんだかこんな不思議な事件だと、血が騒ぐのだ!

  きっと、DNAに記憶されてる何かが騒いでいるのだぁ!」


 「血・・・ですか・・・」



 ウッディーの遠い祖先・・・

 きっとその系譜の中に不思議な事件を扱ってた者がいたに違いない。

 晃と藍華はそう考えることしか出来なかった。






 「ああ。ランプもつけずに暗い中を漕いでいたゴンドラがいたぜ。

  まったく無灯火なんてあぶねえあぶねえ。」


 「あ、荒田さんも見たかい。

  俺も見たよ。 妙にでっかい船頭さんだったな。」


 「そうそう。何だかすげぇ大男が漕いでたみたいだったぜ。」


 「・・・なるほどな。結構目撃者はいたわけだ。」

 
 「そうみたいなのだ。」



 街外れの酒場・・・

 晃とウッディーは聞き込みをしていた。

 情報ならまず酒場を当たるのが鉄則だというアリスの意見で・・・



 「どうでした、晃さん。」


 「さすがだな、アリスちゃん。

  ウンディーネは観光相手だからあまり遅い時間はゴンドラを出していない。

  だが、貨物運搬業の人たちは時間なんて関係なくゴンドラを走らせている。

  目の付け所がいいな。・・・お前も見習うんだな、藍華。」


 「ぬなっ!?」 


 「でっかい光栄です。」

 「よかったね、アリスちゃん。晃さんが誉めてくれるなんてすごいね!」

 「結局・・・灯里たちも来ちゃったんだよね。」

 「藍華ちゃんが練習に来ないからどうしたのかなって思って来ちゃいました。えへっ!」




 酒場の外・・・

 未成年なので入れなかったウンディーネ娘3人衆が待っていた。

 


 「・・・またおいしいトコ持ってかれちゃいそう・・・ 手柄横取り禁止!」

 「ええーーーっ」

 「でっかい 言いがかりです。」



 摩訶不思議な事件と灯里・・・

 また定番の組み合わせになってしまう・・・

 藍華は自分の存在感を保つのに必死であった。



 「さてと・・・あとはウッディーさんが何か情報を掴んでくるかだよな・・・」

 「あ、ウッディーさんってシルフだから、配達先のお客さんにいろいろ聞けるんですね!」

 「あ、先輩方。ウッディーさんが帰ってきました。」



 ウッディーのエアバイクが近づいてくる。

 どんどん大きくなって・・・

 晃たち4人を直撃しそうな勢いで・・・





 「すわっ!?」

 「ぎゃーーーーーす!?」

 「でっかいピンチです〜〜!!」

 「はひぃ〜〜〜〜〜〜!?」

 「なのだ〜〜〜〜〜〜〜!!!」




 逃げる4人!!

 それを追いかける(?)エアバイク。



 「う!まずい!! 行き止まりだ!!」

 「はひ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

 「アリシアさ〜〜〜〜〜〜ん 助けてぇ〜〜〜〜〜〜〜」

 「こんな時までアリシアさんですか、藍華先輩〜〜〜〜!!??」



 間一髪!!

 4人から1メートルも離れていない地点に何とか無事着地するエアバイク。

 安堵してその場にへたり込む4人。


 
 「何で逃げるのだ? みんなひどいのだぁ。」

 「あのなぁ。普通ぶつかると思うぞ、あの勢いで突っ込んできたらな。」



 悪びれる様子もないウッディー。

 彼なりに運転技術には自信があるのだ。

 時折危なっかしい運転を見せるのが玉にキズだが・・・



 「それで、ウッディーさん?何か情報はあったんですか?」

 「あ、灯里ちゃん。その件だけど、妙な噂があったのだ。」

 「妙な 噂?」

 「猫が ゴンドラを漕いでいたという話が複数聞けたのだぁ。」



 あまりに突拍子のない話に顔を見合わせる女性陣4人衆・・・



 「・・・にゃんこさんが・・・ゴンドラを?」

 「でっかい無理ですね。」

 「アリア社長でも、自分で漕ぐことは出来ないわよねぇ・・・」

 「火星猫でもオールを振り回すのは不可能だな。」

 「う〜ん、確かにそうなのだな・・・」



 せっかく自分が掴んできた情報が説得力を急激に失ってしまった。

 がっくり肩を落とすウッディー。


 「ウッディーさん、私は信じてます。にゃんこさんのゴンドラ・・・

  きっとにゃんこさんも、夜のネオ・アドリア海を滑ってみたかったんです。

  宝石をちりばめたような光に包まれて・・・

  きっと、すごく綺麗なんでしょうねぇ・・・

  お星様の中を泳いでいるみたい・・・・・」


 「「恥ずかしいセリフ 禁止っ!!!!」」


 「ええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!? 晃さんまで・・・」



 いつもの藍華だけではなく、晃も同時に突っ込みを入れたのだ。

 見事なユニゾンで・・・


 「見事にハモりましたね・・・でっかい見事です。」

 「なのだ。」

 「さすが、藍華ちゃんと晃さん、息ぴったりだねぇ・・・」



 アリス、ウッディー、灯里の3人は顔を見合す。

 確かにこの見事な「禁止の同時発生」は二人の絆の深さをまわりに強くアピールした。



 「まあね〜♪ 私と晃さんは息ぴったりなんですよね、晃さん。」



 媚びておいて、指導に手心を加えてもらおうともくろむ藍華。

 だが・・・


 「ならな、藍華。ああいうピンチのときはアリシアじゃなくって私の名前を呼べ!

  すわっ!! あとで地獄のスペシャル特訓メニューをやるから覚悟しとけよ?」


 「ぎゃーーーーーす!」



 その時 藍華は思った。

 口は 災いの元だと・・・



 「でっかい 予想通りの展開ですね、灯里先輩。」

 「確かに・・・あれじゃあ晃さん怒るよね。」

 「なのだな。」

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 「で、結局これか?」

 「そうなのだ。きっと犯人はまた犯行を繰り返すのだ。」

 「被害が出ないような完全犯罪なら、再犯率はでっかい高いです。」



 結局犯人は現場に戻る・・・

 言い出したのはミステリー小説好きなアリスであった。

 そして、その意見に乗ったのがウッディーだ。

 灯里は単純にワクワクしている。



 「何だか、ドキドキしちゃうね、藍華ちゃん。」

 「んもぉ、灯里はいつもそうなんだから・・・」



 藍華はきわめて冷静だ。

 そして晃にいたっては・・・



 「無駄じゃないのか? 私が犯人なら、犯行現場には戻らんぞ?」



 きわめて否定的な意見を掲げていたのだ。


 来るかどうかわからない犯人を待ち続けること・・・

 気の短い彼女にとって、それは苦痛でしかなかった。

 また、客の予約を取らずに空けた時間が無駄になることが許せなくもあった。

 プロの トップウンディーネとしてのプライドが・・・



 「そろそろ日が暮れるね。」

 「でっかい夕焼けです。」

 「うん、何だか心がほどけていくような夕焼けだね、アリスちゃん。」

 「はい。でっかい癒しです。」

 「すわっ!!」

 「はひっ!?」

 「びくっ!?」



 妙に和んでしまっていた灯里とアリスに晃の怒号が突き刺さった。



 「ったくもう、お前ら・・・っていうか特に灯里ちゃん?

  お前には緊張感ってモノがないのか!?」


 「はひーーーっ、気を引き締めるであります!」


 「灯里先輩・・・話し方でっかい変です・・・」



 などとやってる間にも何事も起こらず、日は完全にネオ・アドリア海に沈んだ。

 あたりが闇に包まれていき、次々と姫屋の練習ゴンドラが戻ってきた。



 「あの・・・晃さん・・・」

 「何だ?藍華。」

 「今思ったんですけど、他のみんながいたんじゃ、犯人はここに来ないんじゃないでしょうか?」

 「すわっ!! 何でそんなこと今まで気づかなかったんだ!」



 大声を出した晃の方を一斉に向く姫屋の半人前や見習いウンディーネたち・・・

 確かにこんな状況では再犯は不可能に違いない。



 「じゃあ、私は帰るからな。・・・藍華はどうする?」

 「ん・・・やっぱり私も帰ります。 ・・・で、灯里たちはどうすんのよ?」

 「私はもう少し見てくよ。 どんな犯人さんだか見てみたいから。」

 「私もお供します! 犯人を捕まえます!」

 「なのだな。」



 結局、当事者であるはずの姫屋の二人だけが帰路に着いた。

 練習生たちの姿も消え、灯里たち3人のみとなった。



 「犯人さん、来るかなぁ・・・」

 「でっかい ワクワクです。」

 「うん!でっかいワクワクなのだ。」




 息を潜めて犯人を待つ3人。

 時間だけが過ぎていく・・・



 「もう、来ないかも知れないですね?」

 「そうだね・・・残念だなぁ・・・・・・・・・・・・って、アリスちゃん、ウッディーさん!」

 「何ですか?灯里先輩。」

 「何なのだ?」

 「あ、あれ・・・」




 
 灯里が指差した先・・・

 小さな光が二つ並んでゆらゆらと近づいてきた。



 「明らかに怪しいのだ。」

 「でっかい怪しいですね。」

 「うん。きっと藍華ちゃんが言ってた光だよ、あれが・・・」



 徐々に近づく光・・・

 大きく、強く感じられるようになって来た。



 「何だろうね、あれ。 ね、アリスちゃん。」

 「・・・・・・・・・・・」

 「ウッディーさん。」

 「・・・・・・・・・・・」

 「ほへ?」



 灯里の声に無反応の二人。

 目を向けてみると・・・

 アリスもウッディーも目を閉じている。



 「むにゃむにゃ・・・なのだー・・・」

 「・・・・・・・でっかい・・・・です・・・・・・」

 「あらららら・・・・ 寝ちゃった。」



 こうして、どんどん近づく光を一人で迎えることとなった灯里。

 確かに目のように見える。



 「もしかして・・・あれは・・・」



 灯里には思い当たることがあった。

 その光には、よく見知った感覚があったのだ・・・




 だんだんと近づいてきた「光る目」。

 その姿も徐々に明らかになってくる。

 巨大な黒いシルエット・・・

 その姿は直立した巨大ネコ・・・



 「ケット・シーさん・・・」



 灯里に向かって挨拶をするケット・シー・・・

 もう何度か出逢ったこともある。

 危機から救ってもらったこともある。

 そんな 見知った存在・・・



 ケット・シーはゴンドラへ向かう。

 しかし、今日はオールが片付けてあるので乗れないようだ。



 「あのぉ・・・ケット・シーさん・・・

  もしかして、ゴンドラクルーズ、したいのですか?」



 ゆっくりと頭を前に倒すケット・シー。

 どうやら「そうだよ」と言っているようだ。



 「では、私のゴンドラへ乗りませんか?

  お友達ということで、特別にお乗せしますよ。」



 ケット・シーの口元がわずかに緩む。

 どうやら喜んでいるようだ。



 「では、私のゴンドラを持ってきますので、少しお待ちください。」



 灯里は自分の黒いゴンドラを姫屋の船着場に漕ぎ着けた。

 そして、ケット・シーを笑顔で招いた。



 「ようこそ、ARIAカンパニーのゴンドラへ・・・」



 手を差し出し、ケット・シーをゴンドラにエスコートする灯里。

 緊張していないせいか、普段よりスムースに誘導できた。



 ゴンドラの飾りつけられた客席に座るケット・シー。

 大きな体は二人分の席を独占する。

 ゴンドラがえらく小さく見える。

 そのさまを微笑みながら見ている灯里・・・



 「では、出発しますね。」



 ゆっくりと漕ぎ出す灯里・・・

 するりするりと水面を滑り出すゴンドラ・・・

 月明かりの中、小さなランプを掲げたゴンドラは静かに往く・・・

 ネオ・アドリア海の沖合いに向けて・・・



 ケット・シーは興味深そうに景色を堪能しているようだ。

 言葉はない。

 それでも彼の嬉しい気持ちは灯里に伝わってくる。



 「奇麗な夜景ですよね。

  私、マンホーム出身なんですけど、アクアへ来れて良かったです。

  だって、マンホームではこんなに奇麗な夜景、見られませんもん。」



 灯里もとびきりの笑みを浮かべている。

 ケット・シーとの不思議なナイト・クルーズ・・・

 この小さな奇跡に彼女の胸は高鳴っていた・・・








 「ぬなっ!?」



 灯里たちが先ほどまでいた場所に藍華は戻ってきていた。

 なんとなく胸騒ぎを感じて・・・

 すると、アリスとウッディーが眠っているではないか?!

 背中合わせの体制で・・・



 「何でこんなとこで寝てるのよ!? ・・・それより、灯里は!?」



 何気なく沖を見ると、ゴンドラが沖合い目指して進んでいるのが見える。

 小さなランプを灯しながらゆっくりと・・・


 「あ、あれは・・・灯里ィ!?」



 思わず藍華も自らのゴンドラで灯里のあとを追う。

 藍華の方が漕ぐ速度が速い上、客なしなので身軽に進む。

 徐々に灯里のゴンドラとの距離が縮まっていく。



 「ぬなっ!? 灯里のヤツ、なんてお客様乗せてるのよ

  でっかい猫みたいじゃない、あのお客様。

  あれって、もしかしたら・・・」



 だいぶ近づき、灯里と「客」がかなりはっきり見えてきた・・・

 藍華は灯里に声をかけようとした。

 ところが・・・



 「はひ!わかりました。じゃあ、行きますね!!

  得意技の逆漕ぎ、スタート!!」



 灯里の超得意技!

 禁断の逆漕ぎ!!

 これは無敵だ!

 藍華のゴンドラを残し、時を遡るかのようにぐんぐん進む。

 トップクラスのプリマウンディーネも舌を巻くその速度・・・

 シングルとしては操舵レベルが高い藍華とて到底かなわない。

 速力だけなら、絶対無敵と言ってもオーバーではない。

 アリシアクラスでなければ今の灯里を抜き去るなどと言うことは不可能だろう。



 「なんなのよぉ・・・ 灯里ったら・・・」



 完全においていかれてしまった藍華・・・

 ゴンドラは寂しくプカプカ浮かんでいた・・・



 「なんだかなぁ・・・ 戻るとしますか・・・」



 ゴンドラの向きを変え、岸へと戻り始める藍華・・・

 ところが・・・



 「藍華ちゃん!? 何してるの?」


 「!?」



 振り向くと、灯里のゴンドラがこちらへ向かってくるではないか!?

 ・・・逆漕ぎで・・・



 「灯里!? どうして?」


 「藍華ちゃんのゴンドラが見えたから・・・

  ケット・シーさんに 藍華ちゃんと会ってくれますかって頼んだんだよ。

  私の大事なお友達だからって。」



 藍華に向かって大きな身振りで挨拶をするうケット・シー。

 藍華も大きくお辞儀して挨拶を返す。



 「ケット・シーさん、夜の海をお散歩したかったんだって。

  だから藍華ちゃんのゴンドラを漕いだりしてたみたい。」


 「な〜るほど・・・って、あんた、ケット・シーの言葉わかるの?」


 「ううん。でも、心の中に話しかけて来るんだ・・・」


 「心の・・・中?」

 「うん。藍華ちゃんにも聞こえると思うよ。



 ケット・シーをじっと見つめる藍華。

 ケットシーはやわらかく微笑む。

 そして、何かを語りかけてきたように思えた・・・



 「あ・・・本当だ灯里・・・聞こえたよ。

  ゴンドラ勝手に使ってごめんねって。

  そしてありがとうって言ってくれてるみたい・・・」


 「よかったね!藍華ちゃん!」




 その後・・・

 3人のナイトクルーズは遅くまで行なわれた。








 その頃・・・



 「まあ、アリスちゃん・・・」



 心配して迎えに来たアテナの目に映ったもの・・・

 それは アリスのでっかい幸せそうな寝顔・・・

 ウッディーに体を預けるようにして安らかに眠っている。

 ちょっと前までは見られなかった、自然体のアリス・・・

 アテナは穏やかに微笑んだ。










 そして・・・・・・・・



 「本当なんですってば、晃さん!!

  ケット・シーが灯里のゴンドラに・・・」

 「はいはい。寝ぼけてるヤツはネオ・アドリア海に沈めるぞ。」


 「ええーーーーーっ?」



 夕べあった不思議で素敵な出来事・・・

 晃に話した藍華だったが、晃が信じなかったことは言うまでもない。







 そして・・・







 「不覚なのだー!!」

 「でっかい不覚です。」



 灯里から話を聞いたアリスとウッディー・・・

 ケット・シーに会えなかったことを悔やんでいた。




 「今度こそはでっかい不思議体験するのです!」

 「なのだー!!」



 アリスとウッディー・・・

 二人の瞳は熱く燃えていた・・・



〜〜〜〜〜〜おわり〜〜〜〜〜〜

<<<あとがき>>>

 今回は、藍華ちゃんの不思議体験と言うテーマで書いてみました。
 ちなみに、何でウッディーさんが出てくるのかはお判りですよね。
 不思議な事件と言えば、ウッディーさん。
 ・・・お判りでない方は、天野先生の『浪漫倶楽部』をお読みいただければきっとわかります(笑)
 ちなみに、途中で藍華ちゃんだけケット・シーに会うラストとか、逆に会いそびれるラストとか、
書いてる最中にでっかい路線変更しながら書いていました(笑)
 ではまた次作にて・・・
 

 


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