その 時を翔るアリアへ・・・





 とある小さな街・・・

 そこに小さな家があった。

 一人の青年と白い猫がそこの住人だった。



 青年の名は ロニ。

 白猫は アリア。

 ふたりはいつでも一緒だった。

 片時も離れることなく・・・



 しかし・・・



 時というものは 何故にこれ程までに残酷なのだろうか・・・






 人間と猫・・・

 同じ世界に住まうものでありながら 時の流れがまったく異なっていた・・・



 人間の一生は100年前後・・・

 ところが・・・

 猫はおおむね15年といったところ・・・

 20年前後生きれば相当頑張ったことになる。



 アリアももう22歳・・・

 猫としてはかなりの高齢だ。

 だが・・・

 ロニと別れたくないという強い思いが老体を支えていたのだった・・・

 それでも もはや限界が近づいていた・・・



「アリア・・・元気がないな・・・」



 もはや餌もあまり食べなくなってしまっていた。

 誰が見てもアリアの衰弱振りは明らかだろう。

 ロニの胸は締め付けられる。




 『もしかして、アリア・・・僕を一人にしたくなくって・・・』



 確かに彼にとって、アリア抜きの生活など考えられない。

 それほどまでに一心同体。

 ずっと、本当の兄弟のように・・・

 否!

 兄弟以上の絆で結ばれ 今までともに歩いてきたのだった・・・







 北風が吹きすさぶ冬の夜・・・

 空からは白い贈り物が舞い降りてきている。

 あたりは白銀の衣をまとい始めている。



 窓から景色を見つめていたロニ・・・

 そっとアリアを抱き上げ 彼にも窓の外を見せる。

 街角にイルミネーションがキラキラ輝いている。




 「今日はクリスマスイブだよ。・・・アリア、覚えてるかい?」





 もう10数年も前の事だった・・・

 イブの街・・・

 アリアと一緒にクリスマスツリーを見よう!

 思いつくと同時にアリアを抱いて出かけたロニ・・・



 キラキラのイルミネーション・・・

 街は宝石箱を散りばめた様な輝き・・・

 ふたりともまだ見たことのない世界だった。



 すっかり見とれてしまったロニ・・・

 無意識にアリアを抱く腕の力が抜けてしまっていた。

 アリアも好奇心が抑えきれず ロニの腕をすり抜けて走り出してしまった・・・



 必死にアリアを探すロニ。

 だが、アリアの姿は見えなかった。



 その頃アリアもロニの姿を求めていた。

 だがその頃はまだ幼い子猫だったアリア・・・

 あまり歩き回ることは出来なかった。

 途中 野良の黒猫・グリムと出会った。

 そして、危ないところをグリムに助けられたりしながらロニと再会!

 アリアがロニを信じる強い想いが起こした奇跡だった。



 その事件以降 ロニとアリアの絆はより強固なものとなった。




 「また、見に行こう!」

 「みゃー」



 アリアに特製のコートを着せ両腕で優しく抱き 街へ繰り出すロニ。



 あの日と同じキラキラした街角・・・



 クリスマスツリーまでの道・・・

 あの日アリアが走ってしまった場所に差し掛かる。



 あの日は・・・ここでアリアと一度別れた

 そして 奇跡的に再びめぐり合えた・・・

 けれども・・・

 もうすぐ別れはやってくる・・・

 もう会えない永遠の別れが・・・







 「ほら、アリア。クリスマスツリーだよ。」



 街の中心に立つ立派なツリー・・・

 あの日と同じように華やかな飾り付けが目にも眩しい。




 ふたりは刻み込んでいた・・・

 その 素敵な光景を・・・

 その 瞳に・・・

 その 胸の奥に・・・







 その夜 ロニはアリアと一緒の布団で眠った・・・











 「・・・・・・アリア・・・・・・」


 それは 安らかな表情だった・・・

 普通に眠っているようにしか見えなかった・・・

 しかし・・・

 アリアの魂は もう既にここには在らない・・・




 「今日まで・・・頑張ったよね・・・アリア。もう・・・頑張んなくっていいんだよ・・・」



 ロニの瞳には熱いものがこみ上げてきていた。

 それでもロニは必死にこらえた。

 ここで涙を見せたら アリアは安心して天国に行くことが出来ない。

 だから、絶対に泣かない・・・





 「今度は僕が頑張るよ・・・アリア・・・」











 「・・・・・・ここは・・・どこ?」



 アリアが気づくと そこは見知らぬ空間だった。

 よく見知ったロニの家とはまるで景色が異なっていた。

 白い 霧に包まれたような世界・・・




 「よぉ、アリア!」

 「あ!!」



 唐突に声をかけてきた黒い猫・・・

 それは過去に出逢ったことのある姿であった。



 「グリム!!」

 「結構頑張ってたな、アリア。」




 あの日、グリムがいなければアリアはロニとはぐれたままだった。

 いや、

 また、逆にアリアのおかげでグリムも飼い主に再び出会えた。

 ともに忘れることの出来ない存在だった。



 「ま、俺は一足先にこっちへ来ちまってたけどさ。」

 「ねえ、グリム、ここって・・・どこなの?」



 まだ事情がつかめていないアリアに少し苦笑するグリム。



 「アリアよぉ。お前、天国って聞いたことねえか?」

 「天国ぅ!?」



 そういえば、ロニから聞いたことがある。

 良い事をしていた者は天国と呼ばれる世界へ行くことが出来ると・・・



 「そっか・・・アリア・・・死んじゃったんだね。ロニくんとお別れしちゃったんだね。」

 「・・・そーいうことだ。で、今俺たちは天国の住人っつーわけよ。」




 グリムにも大切にしてくれる飼い主はいた。

 「僕はグリムの兄ちゃんだからな。ずっと一緒にいなくちゃいけないんだぞ。」

 そう言ってくれていたエドワード・・・


 一度は離れ離れになり、もうすっかり諦めていた。

 そんなグリムを励まし、エドワードを信じる気持ちを思い出させたのは、他ならぬアリア・・・

 そのアリアに『現実』を告げるグリム・・・

 この世は皮肉なものだな、と思っていた。



 「グリムは、エドワードくんとお別れ、悲しくなかったの?」

 「そりゃ、悲しくなかったって言やぁ嘘さ。でも、こればかりはどーにもならねえ。」

 「そっか・・・・・・」




 アリアももう子供ではない。

 叶わぬことがこの世には無数にあることくらいわかっていた。

 ましてや生き死にに纏わる事はどうしようもないと悟っていた。

 全能とすら思える人間にすらなす術を持たないと・・・




 「ま、こーしていても仕方ねえ。とりあえず猫妖精さんに挨拶しに行くぜ。」

 「猫妖精さん?」

 「ああ。人間が『ケット・シー』とか呼んでる でっかい猫の王様だ。」

 「・・・初めて聞くよぉ、それ・・・」



 無理もなかった。

 絶えずロニと一緒にいたアリア・・・

 いわゆる『猫の集会』とは無縁だった。

 その主催者と言われるケット・シーを知らぬのも無理からぬことであった。






 天国の中心部と思われる広場・・・

 アリアはグリムに率いられ ここへ佇んでいた。

 しばらくすると霧の中に黒っぽい影が浮かんだ。



 「来るぞ。」

 「え? 猫妖精さん?」

 「ああ。・・・ビックリするぜ、きっと。」




 影はだんだんはっきりしてくる。

 まだ形ははっきりしない。

 だが・・・

 もう既に通常の猫よりはるかに大きく見えた。




 「えっ!? ええっ!!??」

 「なっ!」



 ずんずんズームインしてくるシルエット・・・

 徐々にその巨大な体躯を露にしていく。

 目前に迫るその姿は・・・




 「や、山・・・」



 アリアはかつて見たことがなかった。

 これ程までに大きな猫を・・・

 アリアはまだ見たことはないが、オスの牛くらいはありそうだと感じた。

 一番長く接していたロニの背丈よりかなり大きい。

 そして、横幅もかなりのもの。

 堂々とした 恰幅の良い体格は強烈な存在感を放っていた。

 全身黒く ワンポイントのように胸に白いブチがあった。




 あまりに立派なその巨体・・・

 その腹部も王様の風格ともいうべき偉大さを誇っていた。

 大きく・・・そして引き締まった・・・



 「ぴちぴちぽんぽんっ!!」

 「ぅなっ!? お、お前っ!?」



 無邪気な表情で指を差して叫んだアリアを慌てて制するグリム。

 キョトンとするアリア。

 当のケットシーは別に気にも留めていないようであった。




 「猫妖精さん、こいつが前から言ってたアリアです。ほらっ!」

 「あ、こんにちは、猫妖精さん!」



 グリムに小突かれ、明るく元気に挨拶するアリア。

 猫妖精は静かにお辞儀ながら、手振りで挨拶を返す。




 「良かったな、アリア。お前、歓迎してもらえたよーだぜ!」

 「ホント!? わーい!!」



 言葉は交わさずとも伝わる あたたかい心・・・

 寡黙な猫妖精なりの歓迎の挨拶であったのだ。






 「で、グリムぅ。 ・・・アリアたちってこれからどーなるの?」

 「今、俺たちは魂という形でここにいるんだ。そこまではわかるな?」

 「うん、ロニくんから聞いたことがあるよ。魂だけが天国へ上っていくって。」

 「でな、次に生まれ変わるその時まで、ここでこのままのんびり待つしかねえ。それが定めだ。」

 「のんびり待つ・・・かぁ・・・・・・」







 それから何年かが過ぎた。

 アリアが再び地上に降り立つチャンスが訪れた。




 「意外と早かったな、アリア。俺はまだ当分ここにいることになりそうだぜ。」

 「ええっ、グリムは来ないのぉ?」

 「ああ。こればかりは俺様たちにはどーにもならねえからさ。」



 グリムが一緒に来られない事でがっかりするアリア。

 できれば一緒に蘇りたかった・・・

 でも、今回はアリアだけ・・・



 「そうだ、アリア!」

 「ん、なあに?グリム。」

 「お前の飼い主だった・・・ロニとかいったな。」

 「え!? ロニくんがどうしたの?」




 忘れもしないその名前・・・

 あれだけ一緒にいた最愛のパートナー・ロニ・・・

 まさかここでその名を聞くことになろうとは・・・



 「確かな情報じゃないけどよ、・・・まだ生きてるらしいぜ。」

 「え!? ロニくんが生きてる!? わ〜い!!」


 全身で喜びを表わすアリア。

 天国へ来てからの一番の笑顔を見せる。



 「きっと探し出せる! お前ならなっ!!」

 「うん! アリア、がんばる!!」




 そして・・・



 アリアは再び地上に立った・・・

 新たな命として・・・



 その生まれたばかりの小さな足で歩き回るアリア・・・

 しかし、ロニの消息を掴むにはいたらなかった。

 孤独の中 アリアは消耗していった・・・



 が、まもなくアリアは一人の人間に拾われた。

 その人間は若い女性・・・

 ロニでないことは明白であった。



 彼女の名は コズエ・・・

 大の猫好き漫画家であった。



 ロニに会いたい気持ちは募るばかり・・・

 だが・・・

 その「新たな飼い主」もかなり親切だった。



 彼女が仕事の漫画を描く時も絶えず傍らにアリアを置き、愛でていた。

 時には彼女の作品にアリアを登場させたりタイトルにつけたりしていた。

 それほどまでに深い愛情・・・

 作品を通じて読者に伝わるほどに・・・

 そんな彼女を一人置いて旅立つほど冷徹になることなどできないアリア・・・


 初めは、彼女といればロニの消息を掴みやすくなると思っていたアリア・・・

 しかし、いつの間にかここも安住の地だと思えるようになってきた・・・

 そして、流れ行く時の中 アリアは齢を重ねていった・・・



 そしてそのまま20年以上経ってしまった・・・

 再び訪れた タイムリミット・・・





 ふたたび天に召されるアリア・・・

 コズエは涙を堪え 丁重にアリアの魂を見送った・・・











 天国に舞い戻ったアリア・・・

 そこにはグリムの姿はなかった。

 どうやら無事転生できたようだ。




 「アリアも・・・また地上行きたいなぁ・・・」




 ロニに・・・

 コズエに・・・

 再び会いたい・・・

 思いは募れど 彼自身には何も出来ない。

 ただひたすら待ち続けるだけだった・・・




 やがて、ロニも・・・コズエも・・・

 彼が良く見知った者たちは地上を去った・・・

 アリアと再び相見えることなく・・・






 それから何十年・・・否、何百年経っただろうか・・・

 地上もすっかり変わってしまった。

 そして人々の心も機械のように無機質な輝きを帯びてきていた。

 プラスティックとメタルで武装された街の景色のように・・・

 猫たちにとって 決して快適とはいえない環境・・・



 もちろん、そんな環境にしてしまった人間にも異論を唱えるものが出てきた。

 便利さと合理性だけを追求し潤いを捨て去った世界に・・・

 彼らは決意した。

 新たな天地を求めよう。

 そしてそこは 古き良き時代の地球そのものを永久保存していこう・・・

 安らぎあふれる楽園を・・・



 少しくらい不便でも・・・

 少しくらい快適性でなくても・・・

 心からリラックスできる場所を造っていこう・・・

 それが、火星のテラ・フォーミング(惑星地球化事業)となって現実のものとなった。




 数々の困難があった・・・

 数多くの人々が新天地に命の花を散らしていった。

 そして、尊い犠牲が報われる時がやってきた・・・






 「水が来るよ!」


 歓びに満ちた少年の声が響く。

 人々が見守る中、乾ききっていた水路に水が満ちてくる。

 沸きあがる歓喜の声!



 「すごい・・・水が満ちていく・・・なんだか 心の中までどんどん満たされていくみたい・・・」


 水路を見つめていた少女の胸はあたたかいものでいっぱいになる。

 彼女の頬は紅潮し その表情は笑みに輝く・・・




 「長かったな・・・」

 「私たち、ようやくこの星で生きていくことを許されたような気がするわ。」



 老人たちが感無量の表情で水路を見守る・・・

 今まで犠牲になったもの・・・

 今まで流れた多くの時間・・・

 それぞれを振り返るかのように・・・


 今、火星は 水の惑星『アクア』に生まれかわった。

 数え切れないほどの人たちの手と汗と思いが造った星・アクア・・・

 人々の想いでできた手作りの星がここに誕生したのであった・・・




 人類のいくらかはアクアへと移り住み、また多くの人々が癒しを求め観光目的で訪れた。

 マンホームと呼ばれるもともとの地球に比べれば不便な生活・・・

 自動化も殆どなされず、何もかも自分の手で行わねばならない。

 水路中心のネオ・ヴェネツィアと呼ばれる地域にいたっては車すら通行禁止である。

 気候も高度に自動化されたマンホームと異なり揺らぎが大きい。

 猛暑・・・底冷え・・・

 そして街を水没させて機能を麻痺させるアクア・アルタ・・・

 そのどれもがもはやマンホームでは起こりえない気象状況であった。



 お世辞にも快適とはいえない住環境・・・

 それでも そこが逆に人々に感じさせる。

 自分たちが今確かにここで生きているという事を・・・





 移住した人間に連れられアクアにも猫が住み着き始めた。

 猫にとってはマンホームよりはるかに住みやすい環境のアクア・・・

 自分たちを脅かす車の通行も皆無。

 運動する場所ならいくらでもある。

 そして、人々の心にはゆとりから得られる優しさがあふれている。

 気候不順にしても、猫本来の野生の適応力の前には何の問題にもならなかった。

 いまやマンホームよりアクアのほうが猫の数が多くなってしまった。




 猫の世界でも大きな異変が訪れようとしていた。

 猫の魂、生ける猫・・・その全てを統べる猫妖精ケット・シー・・・

 彼もその拠点をアクアに移そうとしていた。

 彼の代理猫をマンホームに残して・・・




 アリアの魂は 何回かめの転生を終え 天国に在った。

 そこへ飛び込んだ猫妖精の引越しの話・・・

 自らの身の振り方を考えるアリア・・・



 「もしかしたら・・・・・・」



 アリアの胸に浮かんだ考え・・・

 ロニの魂も、コズエの魂も、もうマンホームには存在しないのでは・・・



 以前はうっすらと感じ取れていた二人の《におい》・・・

 けれども 今はもう感じられない・・・



 そして・・・

 魂の状態で再会できたグリムに打ち明けた。



 「なんとなくだけど・・・レニくんもコズエちゃんもアクアにいそうな気がするよ・・・」

 「ホントか?アリア。」

 「・・・わかんない。まだマンホームにいるのかも知れないけど、でも・・・」

 「そっか。じゃあ、猫妖精さんに連れてってもらうように頼んでみるか?」



 魂の状態では人間に連れて行ってもらうことはできない。

 アクアに移住するとすれば、猫妖精の力を借りるしか方法はないだろう。

 もうすでに猫妖精とともにアクアへ移住する猫の魂はかなりの数に上っていた。



 ただし・・・

 火星に移住する上で何もかもが元のままというわけには行かないことが判明した。



 「アリア! アクアへ行くと俺たち、変っちまうんだってさ。」

 「え!? どーいう事?グリム。」



 不安の表情を浮かべるアリア。



 「なんでも、進化っつーもんが起こるらしいぜ。」

 「進化!?」

 「ああ。なんでも地上にいられる時間が格段に長くなるらしいぞ。けど・・・」

 「けど?」

 「猫としての特性がだいぶ退化して人間に近づいてしまうらしいんだ。」



 猫特有の運動能力・・・

 猫特有の暗視能力・・・

 それらが減退してしまう・・・

 それは猫らしさを失うことを意味する。



 「もちろん、そんでも人間よかずっと上だけどさ、どーするよ、アリア。」

 「う〜ん・・・・・でも、寿命は延びるんだよね?」

 「ああ。下手すりゃ人間より長生きになるっつう説もあるぜ。」

 「そっか。じゃあ、アリア、火星に行くぅ!!」



 今まで 地上にいる時間があまりに短かった・・・

 あっけない別れの繰り返し・・・

 寿命がもっと長ければ・・・

 別れのたびに浮かんでいた想い・・・

 それが叶うなら、猫らしさなんてこだわる必要はないように思えた。



 「ずいぶん簡単に決めるな。他にもリスクはあるらしいぜ。」

 「え!? どんなリスクがあるの?」

 「・・・稀に・・・性別が変っちまうことがあるらしいぜ。あくまで噂だけどさ。」

 「な〜んだ。アリア、女の子になっても別にかまわないよ!」

 「そっか。決意 固そうだな。・・・じゃあ、オレも付き合うぜ!」



 ドンと胸をたたくグリム。

 かつて、彼は誓った・・・

 ロニとはぐれて一人きりになっていたアリアの兄貴になると・・・

 その時はすぐにロニが現れ 誓いは発展的解消を迎えた。

 しかし、今は違う。

 ロニも、そのあと現れたコズエも今はいない・・・

 アリアを支えるのは自分しかいない・・・




 「アリア・・・今度こそオレはお前の兄貴だ!」











 住み慣れたマンホームを離れ、アクアに移住したアリアたちの魂・・・

 噂どおりにちょっとした異変を伴っていた。




 転生した姿は、猫としての特徴を残しつつも少し頭が大きくなっていた。

 その分、マンホームにいた頃より頭の回転は良くなり、運動能力は若干下がった。

 また、青い瞳を持つ者の割合が多少大きくなったようである。



 青い瞳を持つ猫・・・

 それが この地では幸運な方向へと働いた。



 人間は この水の惑星アクアでの移動手段に舟を選んだ。

 ネオ・ヴェネツィア地域では、その舟が特に発達していた。

 ゴンドラと呼ばれる小型の舟・・・

 これを使う観光ツアーが盛んになったのだ。



 優雅に水面を滑るゴンドラ・・・

 それを巧みに操る女性ゴンドラ漕ぎ・・・

 彼女たちは水の精霊から名をもらい《ウンディーネ》と呼ばれた。

 ウンディーネは それぞれに水先案内店に所属していた。



 水先案内店には慣わしがあった・・・

 社長として、青い瞳を持つ猫を据えるという慣わしが・・・



 青い瞳は、海の女神アクアマリンの名をいただき《アクアマリンの瞳》と呼ばれた。

 海難事故を起こさぬように 安全の祈りを込めて社長に据えられた《アクアマリンの瞳》・・・

 とても大切な存在となっていた。

 彼ら抜きには水先案内店は成り立たない。

 ウンディーネも仕事ができない。

 こうして、かつてないほど猫と人間の関係が密になったのである。

 




 アリアも転生のときを迎えた。

 またしてもグリムとは離れ離れになりそうだ。



 「グリムぅ・・・また・・・会えるよね!?」

 「ああ。だって、ここで転生したアクア猫はすごい長生きできるみたいだからよ!」

 「じゃあ、先に行ってるからね!!」



 地上に降り立ったアクア猫・アリア・・・

 白い体にアクアマリンの大きな瞳・・・

 若干ずんぐりしてるが愛らしい姿だ。



 ところが・・・




 アリアは忘れてしまっていた・・・

 いとしきパートナーたちの事も・・・

 グリムの事も・・・




 白いアクアマリン猫・・・

 古くからハンデキャップを背負いがちであった存在・・・

 聴力障害がある確率がほかの種に比して格段に多かった。

 そして、それがアクア猫となるとまた違ったハンデを背負うこととなった・・・

 今まで積み重ねた記憶の糸が途絶えてしまうというハンデを・・・




 アリアもその罠に見事引っかかってしまった・・・

 本人も気づかぬうちに・・・

 自分が何を求めているかすらわからない・・・




 それでも・・・

 何かを求めていることはわかっている。

 たとえそれが何かはわからなくても・・・



 「何か」を求めさまよい歩いていたアリア・・・

 当てもなく ひたすら・・・

 そして ネオ・ヴェネツィアに流れ着いた。

 そこに何かがある、そんな予感を本能的に感じたアリア・・・



 ネオ・アドリア海を望む海岸通り・・・

 そこが彼の定位置であった。



 来る日も来る日もただひたすらそこに佇むアリア・・・

 何を待ち続けているのかは自らにもわからない。

 それでも彼は ひたすら待ち続ける・・・

 雨の日も 風の日も・・・







 「ありがとうございました。」



 一人のウンディーネが一仕事を終え 一息ついていた。

 波の音と鳥の声だけが心地よく響く・・・

 ゴンドラでお茶を飲みリラックス・・・

 のんびりしたペースの穏やかな美人だ。

 ウンディーネとしてはかなりのベテランだろう。

 若さというよりは落ち着いた風格を纏っていた。



 彼女がふと見上げると、一匹のアクア猫が遠くを見つめていた。

 白く大きな体・・・

 まん丸で大きなアクアマリンの瞳・・・

 アリアだ。



 「こんにちは 猫さん。」



 ウンディーネはアリアに声をかける。

 特に返事を求めるわけでもなく・・・




 アリアも特に気をかけず そのまま遠くを見つめ続けていた。




 「最近いつもここにいるのね」

 「どこから来たのかな」

 「ここで毎日何してるの?」

 「ひょっとして迷子?」

 「ずっと同じ場所にいて飽きない?」



 矢継ぎ早にそのウンディーネから繰り出される質問。

 だが、アリアにとって不思議なくらい不快感はなかった。

 彼女の柔らかな語り口、暖かな微笑み・・・

 全てが優しさに満ち溢れていた。

 超ベテランのウンディーネ・・・

 誰も彼女の域には到達できない伝説の大妖精・・・

 その片鱗を見ることが出来た。



 ゴンドラを降りアリアの横にちょこんと座るウンディーネ・・・

 そっとアリアの頭を撫でる・・・

 穏やかで温かな心の持ち主・・・

 掌から伝わるぬくもりは 疲れたアリアを癒していく・・・




 「ごめんね いきなりいっぱい質問されても困るわよね。」







 そよ風が実に気持ちいい・・・

 このあたりだけ 明らかに時の流れが緩やかであった。




 「こんなにのんびりした気分は久しぶり・・・」

 「私には猫さんのペースがちょうどいいのかも。」




 トップウンディーネとして長年名門水先案内店の看板を背負ってきたウンディーネ・・・

 時の流れのあわただしさを惜しんでいた・・・

 この世の素敵なことをゆっくり味わい 育んでいけたら素晴らしいのにと・・・



 少しだけ視線を交わしたふたり・・・

 心が少しずつ通い始めていた・・・







 ある雨の日・・・

 ウンディーネはアリアのことを思った。



 「まさか・・・ね。」



 こんな雨の中、あの場所にいるはずがない。

 どこか屋根のある場所で凌いでいるはずだ。

 そう思いつつも気になって止まぬ・・・



 その場所には・・・

 やはりアリアがいた・・・

 いつもと何一つ変わることなく・・・



 驚きを隠せないウンディーネ・・・

 アリアに傘を差しかける・・・



 何を待っているのか?

 どうして・・・

 こんなにしてまで・・・




 結局、彼女はアリアと一晩中 雨の中にいた・・・

 不思議と 清清しさで胸が満たされていた。




 「やっぱり・・・私には猫さんのペースがちょうどいいんだわ。」




 そして彼女は思いついた。

 ちょっと素敵な事を・・・




 「私も ここで一緒に待っていいかな。」



 振り向くアリア・・・

 見詰め合うふたり・・・

 アリアの青い瞳に雨上がりの朝日が映りこむ。




 「その奇麗な青い瞳に映る世界を 私も見てみたいの。」




 ネオ・アドリア海を望む小さな宝石箱のような真新しい建物・・・

 それは アリアの定位置だった場所に立っていた・・・

 ネオ・ヴェネツィアで一番小さな水先案内店・ARIAカンパニーの誕生だ。




 カンパニーの社長に据えられたアリア・・・

 だが、何も変わることはなかった。

 ただひたすら 自分の思うままに何かを待ち続ける。

 たった一つ違うこと・・・

 それは・・・

 一人ではなくなったこと・・・




 ウンディーネの秋乃がアリアと一緒に待ち続けていた。

 見知らぬ何かを・・・




 それからまたしばらく時が流れた・・・




 秋乃は何人かの後輩を教え、自らの全てを伝えていった。

 それがウンディーネ界に与えた影響は決して小さくはなかった。

 自らも現役を長らく続けた。

 だが、もうそれにも限界が訪れようとしていた。




 そこへ現れた 新たな後輩・・・

 彼女を一目見たとき、秋乃は感じた。

 今までに出逢ったことのないタイプだと・・・



 彼女の名はアリシア。

 まだあどけない表情は太陽の輝きだった。

 そして・・・

 なにより『何でも楽しんでしまう名人』であった。

 かけがえのない天賦の才。

 秋乃は心躍った。



 『この子は、絶対大物になる。この私を超えるかも・・・』



 そして・・・

 アリアもいつの間にか待つことにこだわらなくなっていた。

 待っていたものが見つかったのかどうかは誰にもわからない・・・

 アリア自身にすら・・・

 それでも 彼の日常は満たされていた。




 アリシアはめきめき上達していった。

 幼なじみの晃、偶然知り合ったアテナとともに切磋琢磨を重ねて・・・

 そして、最年少で一人前に上り詰める快挙まで達成してしまった。

 ウンディーネのトップ・水の3大妖精の一角にまで上りつめたアリシア・・・

 秋乃は安心して道を譲り 隠居生活に入った。




 それから約4年・・・

 また 新たな風がARIAカンパニーに吹き込む。

 久々の新人がやって来たのだ。

 それも、マンホーム出身の少女が・・・




 「・・・水無灯里ちゃんね。あらあら、素敵な笑顔してるわね。」

 「にゅ!」



 履歴書の写真を見ながら語り合うアリシアとアリア。

 ふたりは直感していた。

 これから始まるであろう 素敵な日常を・・・



 「うふふふ・・・わくわくしちゃうわね。」

 「ぷいにゅ〜」

 「うん。とってもいい子よ、この子。私、わかるわ。」

 「ぷぷいぷいにゅぅ〜〜」





 マンホームからの惑星間連絡船はもうすぐ到着する。

 アリシアが迎えに行く支度を整えようとすると、アリアがそれを制する。



 「ぷいにゅ!」

 「あらあら、アリア社長がお迎え 行ってくれるのかしら?」

 「にゅっ!!」



 まかせとけ!とばかりに胸を張るアリア。

 社長の威厳・・・であろうか・・・



 「じゃあ、アリア社長。お願いしますね。」

 「ぷぷぷにゅにゅ〜にゅ!!」




 ぽぷよんぽぷよん・・・

 短めの足で弾むように宇宙港へ向かうアリア・・・

 出会いに胸を膨らませて・・・







 「わあっ!」



 マンホームからやってきた少女・水無灯里・・・

 アクアの見るもの全てが新鮮だった。

 好奇心の結晶が歩いているような彼女にとってはまさに夢のような世界・・・

 アクアのすがすがしい空気を胸いっぱいに吸い込んでいた。




 『あの子が灯里ちゃんだよね! アリア、ちゃんと案内するからね!』




 気を利かせ灯里のバッグを持ったつもりのアリア・・・

 だが、パソコンやいろいろなものが詰まったバッグが軽いはずもなかった。

 哀れアリアはバッグもろともまっさかさま。

 郵便のゴンドラに落ちてしまったのだ。

 慌ててアリアを追い ゴンドラに飛び乗る灯里・・・



 何が幸いするかわからないのがこの世の中。

 結局、これがきっかけで郵便屋さんと仲良くなってしまう灯里・・・

 ネオ・ヴェネツィアについても益々好きになってしまった。

 まさに、怪我の功名とでも言うのだろうか・・・




 緩やかな時の流れの中・・・

 旅の疲れで眠りについてしまった灯里・・・

 彼女を起こさぬように郵便ゴンドラは静かに進む・・・

 彼女を待つARIAカンパニーへと・・・









 「あらあら・・・アリア社長、どうしたの?」



 郵便ゴンドラに同情するアリアを見て目を丸くするアリシア。

 郵便屋さんとアリアは指を立て鼻につけ、「しーっ」と合図する。

 良く見ると、体を丸めて少女が眠っている。

 無垢で無邪気な寝顔で気持ちよさそうに・・・



 そっとゴンドラを降りるアリア・・・



 「お疲れ様、アリア社長。」

 「にゅ。」



 得意げに胸を張るアリア。

 結果的に彼のお出迎えは成功裏に終わったのだから・・・



 「なかなかいい子だな。この嬢ちゃん、きっと立派なウンディーネさんになるね!」

 「あらあら・・・そうね。私もそう思うわ。だって・・・」



 アリシアが振り向いた先・・・

 そこには浮かれているアリアの姿があった。



 「アリア社長のお墨付き、ですもの、うふふ。」




 こうしてアリアの生活にまた新たな一ページが書き加えられた。












 ところで・・・

 グリムはどうしているかというと・・・







 彼も転生の際にトラブルが発生してしまっていた。

 アリアと違い、前世の記憶はうっすらとは残っている。

 だが・・・

 一番恐れていたトラブルが起こったのだ。

 《彼》は《彼女》と化してしまったのだ!!!








 アリアよりだいぶ遅れて・・・

 灯里がARIAカンパニーで徐々に上達し始めた頃・・・

 アクアマリンのつぶらな瞳を持つ小さな三毛のアクア猫が生まれた。

 寝転ぶことが大好きで・・・

 ちょっとやんちゃな子猫・・・

 灯里と知り合ったウンディーネの卵・アリスに拾われる。

 そこでアリアとの運命の再会!!






 『!!!』






 うっすらとしか残されていない記憶に刻まれていた懐かしい感覚・・・

 それが何者かは今のグリムにはわからない。

 いや、彼は・・・もとい、彼女はもはやグリムではなくなっていた。




 「「まぁ」と鳴くからまぁくんと命名しました。」





 小さなアクアマリンの三毛猫《まぁ》として新たに生まれ変わっていたのだ。



 まぁはアリアに惹かれた。

 何故なのかは 彼女自身にももはや知る由はない。

 だが、たまらなくいとしい気持ちが沸き起こる。




 「まぁ!!」

 がぶりんちょっ!!

 「ぷいにゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」



 今、精一杯の思いを込めて・・・

 アリアの柔らかなおなかに咬みつくまぁ!!

 愛の痛みで悶絶状態のアリア!!



 「アリア社長のもちもちぽんぽんが でっかいピンチです。」

 「はわわわわわわわ・・・」



 こうして ふたりの追いつ追われつの関係が今始まった。




 アクア猫の寿命は恐ろしく長い・・・

 もう当分訪れることはない。

 寂しい孤独のときは・・・



 もうアリアは待つことはない・・・

 今以上のシアワセなど求めることはないから・・・









〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 おわり 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


<<あとがき>>


 今回は、原作の世界を基にしてオリジナルキャラを使わない純粋な(?)二次創作でした。

 えっと・・・
 思ったより大きな話になってしまいまして・・・

 もともとは、天野先生の読みきりに『小さな聖夜』という作品がある・・・
 そこに子猫のアリアくんが出ている。
 ARIAにはアリア社長がいる。
 ふたりは同じ名前・・・
 ARIAの『アクアマリン』(コミックス9巻)でアリア社長は何かを待っている・・・

 ただこれを素材にひとつにつなげてお話を囲うと思っただけ・・・
 それ以上の考えもなく、シンプルな本当に短いお話になると思っていました。

 ところが、それぞれのエピソードを繋げるには、その背景もある程度描かなくてはなりません。

 ちっちゃなアリアを描くにはグリムが必要では・・・
 アクアへの繋がりには、惑星開拓史的な要素も必要かも・・・
 出してしまった以上、グリムは放置できない・・・
 『待ってるアリア』を描くならARIAカンパニー設立秘話は欠かせない・・・

 どんどん要素が増えて、結局あまり短くなくなりました。
 でっかい誤算です。
 でも、結果的にまぁ社長がアリア社長にこだわる理由を珍説ながら描けてよかったかも知れません。
 あれは、たまらなくいとしいからなのです。
 その点は絶対間違ってないと思うので・・・

 無理のある設定ですよね。
 公式ではない、あくまでも妄想による設定とお考え下さいね。

 ではまた次回作で・・・

 


背景素材:Queen's FREE World 様


二次創作トップ

TOP